イベントレポート:スウェーデンの分けない教育 Vol.5 戸外と教室をつなぐ、アウトドア教育

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2018年11月23日(金・祝)、広尾の聖心女子大学にて、「スウェーデンの分けない教育 Vol.5 戸外と教室をつなぐ、アウトドア教育」を開催しました。

ゲストは「みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略」第2章「スウェーデンのアウトドア教育」を執筆された、西浦和樹先生です。

今回はアウトドアでの社会人教育に関わる方々や、これからアウトドア教育のプログラムを作りたい方、学校の先生方など、現場からの具体的な質問が沢山あがりました。

教室でなく、アウトドアで得られる学びとは?

隣の人とペアになって「アウトドア教育にどのようなイメージを持っているか」についてシェアをした後、西浦氏の話題提供に入ります。まずは西浦氏が、なぜ子どものアウトドア教育に興味を抱き、研究するに至ったのかというお話から。元々心理学分野で教鞭を執られている西浦氏が教職に就かれた20年ほど前、「外遊びはなぜ大切か?」という問いを持ちましたが、納得いく答えを得られなかったそうです。そうして色々と調査を進めるうちに、スウェーデンのアウトドア教育に出会ったのだそうです。

ここで、「外遊びはなぜ大切だと思いますか?」という西浦氏からの投げかけに対し、1分間、隣の人とディスカッション。

ここで西浦氏が指摘されたのは、教室ではなく「外」の活動で触れる情報量の多さという点。「教材を作るときは誰かの意図が入っており、切り取られたデジタルな情報からしか学ぶことができない。アウトドアの場合は、切り取られた情報ではなく、生のアナログな情報が転がっている。子どもたちが学ぶ環境としては後者を与え、そこから考える力を養った方がよいのではないか」。これが、スウェーデンの現地を数多く訪問され、様々な実践やケースを観察してきた西浦氏が感じている答えでした。

お話の中で印象的だったのは、モチベーションの育み方と幼稚園の園舎の空間設計に関するお話です。スキルを身につけることに目が向きがちな昨今ですが、生きる喜び・モチベーションをつけてこそ、スキルも活き、これが幼児期の教育で大事なポイントの一つ、と指摘する西浦氏。そのような幼児教育環境を日本国内でも実現したい、と西浦氏が教鞭を執っておられる宮城学院女子大学では、付属の幼稚園を幼保連携型認定こども園に移行し、0~6歳がアウトドアで過ごせるようなプレスクール「森のこども園」を2016年に開設。10万平米ある森に直結した自然豊かな園舎は、子供の足で歩くと40分くらいかかるそうです。

「生きる力」を育てる教育方法を求める中で、西浦氏は「アウトドアでは、自己効力感・自己肯定感、自信を育てることができるのではないか」と思い立ちます。実際に、自然の中での遊んだ人は自己効力感(self-esteem)とコミュニケーション能力が高くなる傾向にある、というデータも紹介いただきました。(2018年10月観光「森と自然を活用した保育・幼児教育ガイドブック」より)

アウトドア教育の効果とエビデンス

西浦氏によると、ここ10年でアウトドア教育の学術研究は急速に増えてきているそうです。「子どもと自然:園庭の効果」「森林浴の効果」「外遊びの効果」「長期キャンプの効果」という観点から、運動能力など様々なエビデンスをご紹介いただきました。

例えば、最も優れている園庭について。感性的要素(五感、バランス感覚、温度感覚を伴う遊び)と創造的要素(制限を設けない、無秩序を伴う遊び)の2つの要素が園庭に備わっていると、自発的で活発な活動(=遊び)が促される、というお話がありました。固定遊具を置かない、遊びの基地がある、砂場などの感覚遊びができる場所や静かなエリア(こっそり隠れることができるエリアなど)、たまり場がある、といった設計がよいそう。自由度の高い園舎を設計しておくことで、子どもの年齢が上がるに連れて、活動範囲が広がるそうです。逆に、園舎がきれいにデザインされすぎていると、創造性がなくなってしまい、なかなか子供が遊べない、といったお話も紹介いただきました。

また、義務教育においてこどもがアウトドアで学ぶことの重要性を説いた数々の論文のメタ解析をしたレビュー論文「Teaching with a sky as a ceiling」(Lilla Turen補足:「空を天井にして教える」、すなわち、野外での教育について記した論文)もご紹介いただきました。これは、スウェーデンでアウトドア環境教育のイニシアチブを取るリンショーピング大学による研究です。「定期的に校外学習や自然に触れる活動を取り入れると、学習能力の向上が期待できる」というエビデンスに加えて、「子どもの様子を見て到達目標を修正する」というアイデアが入っているということが印象的でした。

テクノロジーとスウェーデンのアウトドア教育

その後、スウェーデンのリンショーピン大学で教鞭を執られているカリーナ・ブレイジ氏に登壇いただきました。カリーナ氏は、アウトドア教育、教育リーダーシップ、学校開発の三分野で修士号を持つ専門家。2004年にはその年のスウェーデンのテクノロジー・ティーチャーに選ばれ、リンショーピング大学の卒業生の中で「教え方がクリエイティブでインスピレーションに富む」ということで表彰されるなど、注目を集めている先生です。

「なぜアウトドア教育が重要なのか?」この問いに対するカリーナ氏の答えは、「アウトドアで過ごすことは人生にとって大事だから。私たちが生きるためには、太陽そして自然が必要だから。自然と関係を作ることが大切だから」。

カリーナ氏がスウェーデンで教師になられた頃、教室は小さすぎる、ここを出なければならないと思い、そこからアウトドアでの授業を始めたそうです。(Lilla Turen注:スウェーデンの学校では、学習の到達目標のみが定められており、どこでやるかということも含めて教え方は先生の裁量に任されています。)

※Lilla Turen注:後述しますが、カリーナ氏のいう「アウトドア」は、広く教室の扉の向こう、「戸外」に近いニュアンスです。

一方で、当時のスウェーデンでも、アウトドアで授業しようとすると保護者の反応は「遊んでいるだけではないか」と懐疑的だったようです。カリーナ氏は、アウトドアに出てあくまで授業をするのだということから保護者に説明しました。古いやり方を変えるためには、プロセスが必要だ、とカリーナ氏。

西浦氏と同様に、カリーナ氏もアウトドアで学ぶ事の効果について、「アウトドアに出ていくと、意味や全体感や文脈が出てくる。これらはこどもたちに最大限の学びを与え、理論と実践と現実をつなぐものである」というお話が。「アウトドアでは、動きがあり、遊びがあり、エクササイズがある。大きくなってもアウトドアで学ぶことは大切で、身体的な活動、自然との関わりによって、振り返りの時間や協力する力が生まれる。外に出るともっと議論するし、議論内容も変わる。また、自然と関わっていると自然に関心をもつようになる。」とのこと。

ただ、いつも外に出ていなければいけない、というわけではないのだそうです。学校での勉強にとって、理論と実践の両方が大事。学びの目的に応じて教室の中に入ったり、アウトドアに出たり、ミックスして学びを定着させていくことが大事だそうです。そのためには、教師として学習計画を事前に立てることが重要とのこと。

アウトドアにおける授業のアクティビティを体験

後半はカリーナ氏が実際に教育現場で行っているアクティビティーを2つ紹介していただきました。

一つ目は、歴史を学ぶアクティビティー。マジックテープやフロッピーディスク、USBといった製品と、西暦(1948年、1970年、1998年)が書かれたカードを教室内に(実際のアウトドア教育現場では屋外に)ばらまき、各製品が発明された西暦を当てていくアクティビティーです。

もう一つのアクティビティーは、テクノロジーについて考えるアクティビティー。テクノロジーに関するディスカッションのテーマと数字が書かれている紙をちりばめ、拾った紙に書かれているテーマについてチームで議論をします。また次の紙を探し、さそこに書かれている数字を足していって21になったら、アクティビティーは終了です。

ここでいくつか、運営側にとっても気づきがありました。一つは、カリーナ氏のいう(そしてスウェーデンの自然学校で取り組まれる)「アウトドア教育」は、あくまで「“学校の授業”をアウトドアという場で実践する」、という位置付けであること。(日本で「アウトドア教育」というと、自然体験という文脈で語ることが多いかと思います。)もう一つは、このように“学校の授業”をアウトドアで実践するということの背景には、スウェーデンでは先述の通り、「カリキュラムには到達目標だけがあり、教え方は先生の裁量に任されている」ということです。

これらの認識や背景の違いにより、質疑応答の時間では、質問の意図を互いにすり合わせるのが難しい場面が幾度かありました。この状況に対し、両国の教育差を認識している西浦氏が間に入って解説をしてくださり、両国の教育の違いに関する理解がより深まった瞬間でした。

日本でスウェーデンの教育の要素を導入する際にも、日本の教育背景を踏まえた形で導入あるいは広めていく必要があるなと感じ、非常に興味深かったです。

~参加いただいた方のアンケートから(一部抜粋)~

・大変充実した時間でした。こんなに近くでお話が聞けてよかったです。もう少し時間が長くあればよいと感じました。

“火”からvikingの歴史を教える、”ski”から摩擦を教える、といった視点がすごく面白かった。日本だと外での学びは例えば「いろんな木の種類を調べよう」といった限定された科目についてであることが多いように思う。

・小学校で教えていて、とにかく子供達と外へ出たいと思っています。「読み聞かせ」を外の木の下でするだけで、反応が違うので…。スウェーデンの様子を伺いたくて参りました。より、意欲がもてました。

・全部知りたい内容でした。自然と関わると環境にもっと関心を持つ。日本は自然があるのになぜ環境問題に関心がうすいのか?他人ごとなのか?良いヒントがありました。

 

Report by: Rie T.

▼「みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略


*スウェーデンの”分けない”教育のいずれかの回に参加いただいた方を対象に、1月19日(土)小さな打ち上げ&ネットワーキングを開催します。「北欧の教育と絡めてこんなことがしたい」「現場で活かせる方法をもっと深めてみたい」、そんな思いをお持ちの方、ぜひご参加ください。